

CT検査の結果、「何か」が見つかって経過観察することになった。ところが、先生の説明を聞いているうちに、思わぬ事実が分かった。がん検診のレントゲン検査で指摘されたものと、今回のCT検査で見つかったものは「全くの別物」だったのだ。
レントゲン検査では「右肺」の上の方と下の方に怪しい影があると言われた。しかしCT検査では右肺には何一つ異常は見つからなかった。代わりに見つかったのは、レントゲン検査では完全にノーマークだった左肺の中ほどだったのだ。
それが何なのかはまだ分からない。だが、もし悪いものだったとしたら、これは僥倖と言うほかはない。ふたりの医師が精密検査に回すべきかを議論していた右肺の影はCTでは現れなかった。文字通りの「幻影」だったわけだ。しかしこの幻影と、慎重過ぎたともいえるひとりの医師の判断がレントゲンでは見えなかった左肺の影をあぶり出してくれる結果に繋がったのだから。
レントゲン画像上に現れた白い影が、実際には血管や骨の重なりに過ぎず、精密検査をしても何も見つからないケースは非常に多いという。逆に、小さな病変が臓器や骨に隠れて埋もれてしまう場合もある。一方、CT検査では高精度であるがゆえに、小さな良性の結節にさえもがんの疑いをかけてしまったり、放置しても命に関わらない微小ながんを過剰に治療してしまうという問題も生じている。
CT検査を終えて帰宅した後、家内に言われて思い出したのだが、母方の祖父が肺がんだった。僕が生まれる前には既に亡くなっていたので、あまりピンとこない人なのだが、とても近い血縁者だ。また、僕の母は70歳近くになって血液のがんになった、これは幸いにも完治したのだが、彼女は自分がいつか肺がんになるのではないかとひどく恐れていた。そして僕は今でこそ煙草は吸わないが、18年前まで自他ともに認めるヘビースモーカーだった。こうして見ると、僕ががんを患うリスクは決して低くないと言えるのではないだろうか。
今回の経過観察の結果がどう転ぶかに関わらず、今後は肺がんの健診のために年に1回はCT検査を受けようと思う。CT検査はレントゲン検査に比べれば被ばく量も多い上、個人の医療費負担も増えるし、ひいては社会的な医療費全体の増大にも繋がる。それでも自分の発がんリスクや、なんでも把握しておきたい性格を勘案すると、最初からCTを撮ってしまう方が今の自分には性に合っている。これから歳を重ねて、体のあちこちが傷んでくるまでは、健康であることに少しだけ執着していたい。

